1.前置き
フリー百科事典として有名なWikipediaは、確固たる出典のない記事は削除するという編集方針に則っている。独自の研究や真偽不明の情報に汚染されないためには必要不可欠な方針ではあるが、この制度を悪用した「要出典荒らし」という嫌がらせ方法が存在する。
「要出典荒らし」とは、特定の記事の文章に大量の「要出典(citations needed)」のタグをつけ、一定期間出典が明らかにされないと記事を丸ごと削除してしまう行為である。また、仮に出典が明らかにされた場合には、その出典書籍からの盗用であるとみなし「著作権侵害の恐れ」タグを大量につけて、やはり記事削除を狙ってくることが多い。
こういった行為により、自分達に都合の悪い記事をWikipedia上から削除してしまうことが可能になる。
現在、英語版Wikipediaの"Ninja"の記事は、上記の「要出典荒らし」に巻き込まれ記事削除の危機にある。
2.要出典ポイント
実際にNinjaの記事を読んでみると、 [citations needed]タグが19箇所、[Who?]タグが1箇所あった。しかし読んでみると確かに出展が必要な記載、曖昧な表現が多く(some believe…など)そもそも本当にそうなのかと首をかしげる記載もある。以下、要出典ポイントをまとめる。
- 忍者は14世紀の日本に登場し、鎌倉から江戸期にかけて活動したと知られている。
- (煽動・暗殺・スパイなどの)行動は、将軍や大名、あるいはゲリラ戦を遂行する別の団体に雇用されて行われたのだろう。
- (伊賀・甲賀の勢力が文献に登場するのは14世紀だが、)ゲリラ戦やスパイ活動の習慣はさらにさかのぼる。
- この時代の武将間の争いにより、正攻法に代わる有効な手段としてゲリラ戦術や暗殺が確立した。
- 侍は規範である武士道によって、このような戦術は不名誉だとして禁じられていた。(そのため専門家を雇うしかなかった)
- (この時代、忍者と同等の仕事(おもに暗殺)をしていたものも少数いた) しかしStephen K. Hayes は著書 Mystic Arts of the Ninja のなかで、侍と同様の鎧を身に着けた彼らを描いている。 [*1]
- さらにHayesは、忍者の歴史についての記録をするにいたるような人たちは一般的に言って、軍事政権の中において力を持っている人たちであることが多かったと言及している。HayesおよびMasaaki Hatsumiによる。 [*2]
- 忍者の集団は小さく、一族や村落の単位で構成されていたが、侍や大名に組み入る為に軍事ヒエラルキーが発達した。
- これら特定の忍術訓練集団は侵略者や盗賊から身を守るため、これらの村落に置かれた。
- くノ一は(色仕掛けを行う描写がされることがあるが、)実際には女中として雇われ、 さまざまな噂を収集する立場についた。
- 忍者には様々な掟があり、特に忍者一族と、雇い主である大名の秘密を守ることは最重要であった。
- 侍の鎧を着たり、農民の服を着た忍者もいただろう。
- (忍者の履物は地下足袋で、)充分にやわらかくほぼ無音だ。
- 頭巾に関しては、初見が著書 The Way of the Ninja: Secret Techniques で三尺手ぬぐいの使用を提案している。 [*3]
- 機械的信管や油を含んだ紐の火口を備えた地雷さえも作られていた。
- 多くの忍者一族が、火薬の最適な配合の秘密を厳重に守っていた。
- 忍者刀または忍びがたなと呼ばれる特別な短い刀を使っていたと信じる者もいる。
- 手裏剣は投げて使われることがほとんど無かった。(壁や地面にさして撒き菱のように使ったのだろう)
- 多くの忍者は農民に偽装していたので、彼らの武器は農具と武器の双方になりえるものだった(例えば鎌)。
*1 この著者、本、記載が実在するなら、正しいフォーマットで脚注に追加すればOKな気がする。
*2 誤訳修正ありがとうございました。
*3 これもその本にその記載があればOKだろう。
3.調査状況
2.14.に関してはソースを確認。
Hatsumi, Masaaki (2004). The way of the ninja: Secret Techniques. Kodansha International. pp. 93-94. ISBN 9784770028051.
そのほかについても随意確認中。
※2009.05.19日現在
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